髪を切る腕は1日にしてならず
将来の夢を書くことが多かった幼少時代、なりたいものはケーキ屋であった。
答えは簡単、毎日ケーキを食べられるから。
のちに大工へと変わる。
答えは簡単、大きな家に住みたかったから。(作る気満々)
一時期、美容師になりたいと思うことがあった。
これは自分の髪が切れるから、と思いきやさすがに高校生。それは難しいのはわかっていた。なにせ自分の髪だと後ろが切れない。ただ、人の髪なら切るのは簡単だ。
母親が美容院に切りに行ったとき、思っていたのと違う髪型だったと嘆いていた。
本当はもっと梳いて欲しかったのに、梳きすぎると広がってしまうので止められたらしい。それならと試しに切ってみたら、ちょうどよくおさまった。そんなことがあってたまーに髪を切ってあげていた。姉の前髪とか、妹の髪とか。
さらにお金のなかった高校時代、ショートカットだった私は自分で髪を切っていた。
後ろは見えないけど。家に髪を切るちゃんとしたハサミだけはあって、手探りで切っていた。
当然、入学式とか大事な行事の時は美容院に行ったが、あとは適当にセルフカット。美容師さんとの会話が苦手な人だったのでそれも要因のひとつかもしれない。
ある日、仲のいい男友達Tとたまたま髪型の話になって「わたし自分で切ってるよ」と言ったらそいつは目をキラキラさせた。
「マジで!すげぇじゃん、じゃあ〇〇(旧姓)俺の髪切って!」
いやいや、家族のは切ったことあるけど、やっぱり人のはこわいなぁ。失敗するかもだし、責任はとれないよ。
「大丈夫だよ!失敗しても最悪坊主だから!」
ならばということで、日を改めて切ることになった。まわりの外野も面白いものみたさで集まってきた昼休み、そいつはすきバサミを持参してきた。
「これで、よろしくお願いしま〜す!」
いつもワックスでガチガチの頭が、その日は大人しく、いつもと違う雰囲気を察したのか数人の女子が集まってきて何をするのか聞いてきた。
「Tが髪切ってっていうから今から髪切るんだよー」
すると、女子の顔色が変わった、そして他の女子がいるところへと行ってしまった。
「さて、どうしますか。全体的に短くするんでいいの?」
「じゃあそれで」
みたいな感じで会話をしていると、先ほどの女子たちが今度は大人数でやってきた。
「あのさー、ここで髪切るのってあんまりよくないんじゃない?風も入ってくるしさ」
「シロウトが切るのって危ないし!」
てなこんなで、友人Tはあっという間に取り囲まれてしまった。
なぜそんなに彼の髪型にみんながこだわるのか。それは彼がかっこいいからだった。当時高校でやっていたミス・ミスター投票で彼は2位だった(のちに1位に)
そんなみんなのイケメンTのナイスな髪型が、私の手によって最悪坊主になろうとしている。
女子たちが全力で止めに来るのも分かる気がする。結局私はTの髪に触らせてもらえず、友人Tも物々しい雰囲気に耐えかねその話は流れたのだった。
夫にその話をすることがある。
「ミスターの髪切るところだったんだよ!だから大丈夫!」
「でも実際切ってないんでしょ。」
夫の髪を切るのはちっともドキドキしない。
失敗しても最悪坊主。
しかし彼のその髪型は最初から坊主のようなものだし、なにより彼はミスターに選ばれるようなイケメンではないからだ。